女王陛下から招待を受けたなら… 
仮に皆さんが英国人であったとします。そこでどういう繋がりでか、女王陛下からバッキンガム宮殿でのアフタヌーンパーティの招待状を受け取ったとしましょう。
話をシンプルにするために英国人としています。日本人相手では話は少し変わってくるかもしれませんので。
これはどのように扱えばよいでしょうか?
出席するときは?
欠席するときは?
Debrett's Correct Formの解説を基に考えてみましょう。(1)
我々の普通の一般的なパーティへの招待状の時、R.S.V.P "repondez s'il vous plait"(フランス語で「ご返信ください」の意)と書かれていれば、要返信なので返信することになっています。
日本の慣習と同じようなもので、出席ならば出席、欠席ならば欠席と返信すればよいわけです(そのパーティのフォーマル度合いによって差異は生じますが)。
しかし、女王陛下からの招待状は異なります。
女王陛下の「ご招待」は「命令」です。
したがって、招待状およびその返事も、「命令」であることを意識したものとなります。
女王陛下から招待状が来る場合、女王陛下からは直接招待状が来ません。
あくまで、以下の3人を通して送られ、それぞれの取り扱い範囲が決まっています。
王室家政長官 -
公式晩餐会 Lord Stewardは本来は王室の家宰を司る職で政府の一員に名を連ねていた職。現在は事実上名目のみの職であり、本来の職掌である家宰の取り締まり、王室の財政面に関しては下記の"Master of the Household"に委ねられている。しかしながら、国賓の訪問時に女王に侍ったり、公式晩餐会のゲストを女王及びエディンバラ公に紹介する役を負ったり、儀礼的な機会に重要な役を預かっている。したがって、その「重い」役どころは変わらず、宮中第一の職であり、絶えずpeerが君主自らによって任命される。現任者は
第5代アバコーン公爵 。この職を
高等国務卿 の一人で世襲職である大家令 と混同してはならない。 王室侍従長 -
園遊会 、冠婚葬祭などの主要宮中行事。Lord Chamberlainは宮中の行事を取り締まる職である。ただし、かつては非常に重要な行政職であったが、現在は日々の事務は
君主附私設秘書官 や"Master of the Household"が実務を取り仕切るため、Lord Chamberlainはパートタイムの職となっている。現在のもっぱらの仕事は上記のような宮中行事実施の際の儀礼担当及び宮内各部署長官の調整、王室と庶民院との窓口役などである。絶えずpeerが任命され、現任者は第3代ピール伯爵 である。この職を
高等国務卿 の一人で世襲職である式部卿 と混同してはならない。 王室家政官 -
バッキンガム宮殿及びその他の女王の御在所における女王主催の王室行事。
Master of the Householdは王室内の事柄を管轄する。王室の司厨、公的な催し、その他王室内の家政スタッフ等を管轄するほか、女王及び王族の御在所の訪問客に対する歓待等を管轄する。現任者は
デイヴィッド・ウォーカー空軍少将 。
招待状の文例
さて、冒頭で仮定したバッキンガム宮殿でのアフタヌーンパーティはMaster of the Householdの管轄である。したがって、招待状はMaster of the Householdの名で出される。
その文面例は以下の通りになる (Debrett'sの文面例をこの記事の例に合わせて変更)。この文面は一例であって、実際の文の構成は異なる場合があります。
The Master of the Household
is Commanded by Her Majesty to invite
Mr and Mrs Anthony Banks
to an Afternnon Party at Backingham Palace
on Sunday, 25 January from 4 to 6.30 o'clock.
臣、王室家政官は
アンソニー・バンクス夫妻を
1月25日日曜日の4時から6時30分までの
バッキンガム宮殿でのアフタヌーンパーティに
招待するように陛下よりご命令を受けました。
ここで注目すべきは、この文面で「
さて、この様に使用人を通して招待という名の命令を受けた事になりますので、その返事もそれを踏まえるようにします。
招待を受ける場合の返信
基本的には「命令」を反映させた所以外は、フォーマルな返信のマナーを踏襲します。ポイントは「私(達)は」と書くのではなく、招待されている人名を用いて、誰が招待されたのかと言うことを明確にすることです。
Mr and Mrs Anthony Banks present their compliments to the Master of the Household, and have the honour to obey Her Majesty's Command to the Afternoon Party at Backingham Palace on Sunday, 25 January at 4 o'clock.
アンソニー・バンクス夫妻は王室家政官に謝意を表し、1月25日日曜日の4時にバッキンガム宮殿でのアフタヌーンパーティへ出席するようにとの陛下のご命令に従う栄誉に浴させて頂きます。
招待を断る場合の返信
女王陛下のご招待は命令ですので、出席を断る理由を明記せねばなりません。その場合、「先約があるので…」というのは命令を拒否するのに十分な理由とは見なされませんので注意が必要です。
実際の所女王陛下からの招待を断るような状況と言えば、身内が病気であるといったやむを得ない事情であることが多いでしょう。また、他のより単純な理由で出席したくないという場合でも、そういった理由に仮託して返事することになるでしょう(別に仮病かどうかなどは調査されませんので)。
下記ではバンクス夫人の病気を理由にして辞退しています。
Mr and Mrs Anthony Banks present their compliments to the Master of the Household, and much regret that they will be unable to obey Her Majesty's Command to the Afternoon Party at Backingham Palace on Sunday, 25 January at 4 o'clock owing the illness of Mrs Banks.
アンソニー・バンクス夫妻は王室家政官に謝意を表させて頂きます。1月25日日曜日の4時にバッキンガム宮殿でのアフタヌーンパーティへ出席するようにとの陛下のご命令に対し、バンクス夫人の病気のために誠に遺憾ながら従うことが出来ません。
後の感謝の手紙
招待を受けたイベントが終わった後、感謝の手紙を送る事とされています。この場合、特に定型的な文面はないようですが、一つ重要な点としては、あくまで招待状を送ってきた人物(つまり、上記の3人のうちの誰かになるわけですが)に宛てて手紙を書き、「女王陛下に感謝の意をお伝えするように要請」するようにします。
園遊会の際の例外
女王陛下からのご招待に対する反応については基本的には上記の通りですが、
園遊会の場合、その招待客の多さからか、Lord Chamberlainの名で送られてくる招待状(その文面については余り差異がないはずです)には
したがって、以下のように対応します。
- 出席する場合:特に返事する必要なし。当日はその入場証を持参する。
- 出席を辞退する場合: 上記の作法に従い、辞退する手紙を送る。その際に必ず入場証を返却する。
- 感謝の手紙は特に必要ないようです。
他の王族からの招待状
他の王族からの招待状も通常その王族の家宰担当者から送られてきますが、女王陛下からの招待とは異なり、王族からの招待は命令ではありません。
したがって、上記の返信の文例から「命令に従う云々」に関する語句を使わないようにして返信するようにします。もちろん返信先は、その招待状を送ってきた家宰担当者です。
実はこの記事はあまり実践では役に立ちません。そんな機会が滅多にないからです。 しかし、英国の称号システムに関連することでもあり、立憲君主制独特の要素もありますので、とりあげました。
国民が基本的に君主の臣下であるというのは(立憲政であれ、絶対政であれ、憲法にその記載があろうが無かろうが)君主制の基本事項です。
しかしながら、我々に関するポイントとしては我々は日本国民であって、英国女王陛下の臣民ではない点です。
この場合、命令云々の拘束性はどうなるのか?
日本在住のまま招待を受けた場合、英国領内に滞在中に招待を受けた場合、それぞれどのような取り扱いになるのかについては私の方では検証できていません。
- Debrett's Correct Form, (1999; London: Headline, 2002) 263-64.
| 初版公開日 | 2009-01-25T14:28:00+09:00 |
| 最終更新日 | 2009-12-05T14:15:17+09:00 |
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コメント一覧
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微妙に称号自体の話ではありませんが、その周縁事項ということで…
こういった実益にならないマナーをとりあえげるのも"Ineffabilis!"の存在理由であります。
dzlfox謹白
こちらに書き込ませて頂くのは久々なので、何か懐かしい気持ちです(笑)
女王陛下主催の場合は、出席はご命令なのですね。
当然と言えば当然ですが、面白いですね。
これを理解すると解説の理解もスムーズでした。
Lord StewardやLord Chamberlainから手紙がくるのは、本朝にも似た例が沢山あるので納得です。
ここら辺は何か東西共通の意識があるんでしょうね。
なにげに職名の邦訳がとても参考になります。
というか、上の三職の職域区分がよく理解出来ていなかったので、大いに助かりました。
Croeso yn ôl!/ Welcome back!
ご再訪いただきありがとうございます。
>ここら辺は何か東西共通の意識があるんでしょうね。
個人的にはいろんな意味での「取り次ぐ」という行為の諸邦に於ける共通点や差異について興味があります。
>なにげに職名の邦訳がとても参考になります。
例によって私は歴史学者ではないので、日本の英国史学会で一般的な訳なのかはわかりませんが、いろいろ検討した結果、これで統一していくことにしました。
役職の翻訳にもいろいろ問題があります。
本文中の中にもあるように、Great Offices of Stateの Highのつく役職と混同している参考書(辞書含む)や、Lord Steward of the HouseholdとMaster of the Householdの役が分けられていなかったり…
というわけで、なるべく歴史学的な用語から離れず、英語の本来の意味からも離れず、職掌からも離れず、という感じにしてみました。
本当は本朝の歴史的な用語「蔵人」「家宰」とかそういった語を当てはめると面白いんですが、怒られそうなのでしていません(笑)
(もちろん、下手にほかの国の用語をそのままあてはめてしまうと別の混乱を生むことを懸念して、一般的な語を当てはめているという理由もあるのですが)
「Croeso yn ôl!」
ウェールズ語ですよね?どう発音するのでしょうか?
素人から見ると、これが同一国内で使われているのか、と改めて驚いてしまうのですが。
「取り次ぐ」って、極めて政治的な行為ですよね。
私の場合、中華皇帝とその周辺での関心が強くあります(笑)
ぱっと、頭に浮かんだのがMaster of the Horseの「主馬頭」でした。
仰る通り、平安と騎士がごちゃ混ぜになったような不思議な気分です。
第一「大蔵卿」なんかだと結構受け入れられていて、私も自然な感じがします。
(この差は何だろう(苦笑))
クロイソ・アン・オォル(もしくは後半をリエゾンさせてクロイソ・アンノォル)
後ろのほうもしっかりということがポイントです:D
Master of the Horseはロバート・ダドリーという有名どころがいるので、「主馬頭」という訳語が結構定着していますね。
ただ、その宮廷内での「格」を考えると「馬寮御監」のほうがいいような気がします。これはこれで問題を呼びそうですが。
日英の古来の政権システムの違いから統括される官庁の問題もあるんで、訳語は気を使います。
東アジアの律令制は組織の整備がしっかりしすぎているシステムですからね。
(時代に追いつかない点と、運用の煩雑さが欠点ですが)
ある意味王室の「家宰機関」が発展していったような「印象」を受ける伝統的な欧州式宮廷・政府組織の場合、武家の家宰機関を基にしたい誘惑はあります。
(対等じゃないだろう、とか怒られそうなんですが。)
「大蔵卿」はいいですね。「大蔵」という語の響き・語源がいいからでしょうか。
現代日本の「大蔵省」は改名してよかったのやら、もったいないやら。
中華皇帝の取り次ぎ役としては、宦官の秘書長としての「中書令」がありますが、司馬遷がそのはしりですよね。
「中書令」を拝命したおかげで、太史令時代よりも多くの宮廷秘蔵の書物を見ることが出来たようですが、その職が確立してしまったおかげで、後の宦官の専横を招いたとか、あずかり知らぬ批判を浴びているのを読んだことがあります。
(中書令自体は魏代には非宦官の職になったりしますが)
まぁ、恐らく生きている間で英王室からも宮内省からもお呼びは
かからないとは思いますが(苦笑)、面白い記事でした。
なんか、昔に小説家の藤本ひとみさんが宮内省から招待を受けて
出席するまでのドタバタを書いたエッセイを読んだ記憶があります。
この「取次ぐ」という行為、洋の東西を問いませんね。
奇人・・・じゃない、貴人とその他を厳密に分ける行為だから
でしょうか?
比較文化の研究者が取り上げるのに面白そうなテーマですね!
生きてらっしゃいましたか!?(なぞ)
まぁ、確かに私も縁がないかと思いますが、こういう記事はライトノベル作家の卵の人にでも参照にして貰いたい気分です。
「取り次ぎ」は本当に興味深いです。
ラノベ作家の方の描かれる王室とか皇室って開かれてますからねー(笑
「どこが王室やねん!!」的な表現目白押しです。。。
取次ぎもそうですが、身分の上下に関わる呼びかけ方とかも興味深い
ですよね?直接の名前を呼ばなかったりしますよね?役職名とか、
その人が入れる部分までで分けるとか?
こういうことがちゃんと書けてるラノベ作家(卵ならずとも)さんは
見たことないです。。。
何せ、1年半ぶりなので(なぞ^3)
>ラノベ作家の方の描かれる王室とか皇室って開かれてますからねー(笑
そうですねぇ。まぁ、某デルフィニアとかの場合、そもそもの設定自体のせいでオープンにならざるを得ない事態になっていますが(←作品をライトノベルと呼んでいいのか知りませんが)
もともと、このサイトはそういう作品にまじめに突っ込みを入れて、無駄にその架空世界の称号システムを検証していこうという趣旨もあったのですが、いまだそこまでは実現していません。
#某デルフィニアは結構探ったんだけどなぁ。結局冊数が多いと読み返すのも面倒…。
ですよね?直接の名前を呼ばなかったりしますよね?役職名とか、
その人が入れる部分までで分けるとか?
はい。
本朝や東アジアなどは忌み名を避けますし、本朝には唐名と和名、氏と名字・家名、在所に役職といったもののの使い分け、組み合わせが織りなす絶妙なハーモニーが香しく存在しておりますので、非常に複雑かつ興味深いです。(←決して危ない人ではないので注意)
西洋でも同じようなもので、マリア・テレジアはマリー・アントワネットへの手紙の中で、息子のヨーゼフ二世をたしか「皇帝陛下」と呼んでますし(彼は当時すでに神聖ローマ帝国皇帝)、そういった微妙な関係性が面白いです。
(この辺はいずれ、まとめる予定ですが)
だた、日本語として翻訳になりにくい部分でもあるので、ライトノベルのように読者層などによる制約が多い分野では難しいかもしれません。
(長男がずっと同じファーストネームとか無理そうだし)
Master of the Horseは馬寮御監の方が的確なんですか。
この辺りがなかなかピンとこないのは浅学故ですが(爆)
「ある意味王室の「家宰機関」が発展していったような「印象」を受ける伝統的な欧州式宮廷・政府組織」
成る程、仰る通りですね!大学で行政学をかじると行政組織の成立過程で、英国のモデルケースが出てきますが、「これって、中世・近世英国史に有る程度通じていないときちんと理解出来ないんじゃあ」と思った記憶があります。
今となっては組織は人によるところが大きいという当たり前のことなんですが、ピンとこなかったというか。
なので、どちらかというと、組織の中で権力(意思決定権)は誰が持っているのか、という方向で興味があります。
ということで、仰るように、中書令なんかも結構調べたものです(笑)
というか、本朝にも中華さんにも西洋にも通じておられるdzlfox様には本当に脱帽です。
百人一首の歌よりも詠み人の方に興味が向いていたクチです。
ご存じかもしれませんが、「ゼロの使い魔」というラノベで、「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」という主人公が登場します。
他にも英国・仏国を中心に王侯貴族由来の名前の人が多いです。
主人公の主君(女王)の許婚が「ウェールズ・テューダー」で普段は「ウェールズ皇太子」または「プリンス・オブ・ウェールズ」と呼ばれています。
読んでいてこちらがもの凄く恥ずかしくなってしまうのは何故かと(オイ)
その女王陛下が「貴族の誇り云々」と語る件で、「いやいや陛下は王族でしょう」と、一人でツッコンでしまいました(爆)
御返事を含めいろいろ作業が滞っています。
ご容赦ください。
律令制でいうところの主馬頭は「寮」のカミに過ぎず従五位上相当の職ですが、イングランド宮廷におけるMaster of the Horseはなんだかんだ言っても宮廷内の序列が第3位ぐらいの職です。
なので、主馬頭はイメージ的に低すぎるかなと。
馬寮御監は後に近衛大将が兼務することになって三位相当となります。
序列的にはこのほうがいいと思うのですが、近衛大将の兼務であったり、後に征夷大将軍が兼務するようになるので、この点では少しまた違いますね。
名目的な職と化すのは同じようですが。
私も「皇帝は最高権力者なんだから、その辺一喝して何とかならんのか」と幼心に思ったものですが、そういうふうにはならないのが現実だから困ったものなんですね。
その他、その当時にいて当時の状況がわからないと、なぜこうできなかったのかがわからないことが多いですよね。
私の場合、歴史の興味に関しては、(武田信玄→)日本史→古代中国史→モンゴル帝国→西洋史という順に興味が移ってきているのですが、決して光栄のゲームをプレイした順番だけではありません。げふぉげふぉ。
これは寡聞して存じませんでした。
確かに、微妙なかぶり具合というか、そういった名前の付け方で恥ずかしくなるものはあります。
あまりに有名な地名が急に脈絡なく出てくると、現実のものとオーバーラップしないと思っていても、「ん?」となりますね。
上記『デルフィニア』でもいきなり「ヨーク」とかほか小説内の地名とは雰囲気の異なるような地名が出てきて戸惑いました。
うーん、まぁ、「貴族」と陛下が自称されても確かにちょっと困りますね。「貴種」なら許容できるのかもしれませんが。
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