ブラン城の返還が正式に発表される anchor.png

以前、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』の舞台となったブラン城がドミニク・フォン・ハプスブルク大公の手に戻ることになった、という記事を書きましたが、cnn.co.jpの記事によると、ルーマニア政府文化相が23日に正式に発表したそうです。

「元王族の子孫」と曖昧だった前回の報道に比べ、この記事(AP配信)にはちゃんとドミニク・フォン・ハプスブルグ氏(sic)と名前が記してありました。氏の称号などに関する言及はありませんでしたが、これは仕方ないかもしれません。

嬉しい事に、ドミニク大公へ同城が相続された経緯が以下のように記してありました。

ブラン城は、1938年にマリー女王(sic)から娘のイリアナ王女に相続された後、48年に当時の共産党政権が没収。

というわけで、前回の記事では曖昧にしていたイリアナ王女をスルーしてマリエ王妃からドミニク大公へ直接相続されたか、イリアナ王女も相続したか、という件ですが、イリアナ王女を経てドミニク大公が相続したということのようです。

26日に返還式がブラン城で行われ、大公も出席なさるとの事なので、どこかにその模様の写真が上がればいいのですが・・・。

初版公開日2006-05-25T14:03:00+09:00
最終更新日2009-12-05T14:15:18+09:00

Tag: 欧州君主家事情 欧州事情 伝説民話逸話 ルーマニア王家 歴史


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1: もつ (2006/05/25 23:10)
> 1938年にマリー女王から
CNN.co.jpの誤訳で、王妃ですね。

それはそれとして、なぜ他の兄弟姉妹でなくイリアナ王女やドミニク大公
が相続したのかよくわからないのですが……。
君主家や貴族家の相続のルールというのはどんな感じなのでしょう?
2: dzlfox (2006/05/26 10:35)
ご指摘ありがとうございます。
仕事中に書いたので、そこはチェックしていませんでした。
引用部分でしたので、sicを入れておきました。後、続く文に付け足しも入れましたが。

相続のルールは国によって千差万別ではないでしょうか。遺言というものもありますし、生前贈与もありますし。称号ならともかく、一般的な不動産・動産は特に現代は良くわかりません。
他に詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示下さい。
3: もつ (2006/05/27 17:48)
Yahooの写真ピックアップに載りましたね。
現在トップ扱いですので、過去記事扱いになると違うURLになると
思いますが。
http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/
4: dzlfox (2006/05/29 09:55)
もつさま、フォローありがとうございます。

カナダのニュースサイトHamilton Spectatorのほうにドミニク大公の写真があったのですが、html版のURIは長すぎるので、pdf版のURIを貼っておきます。
http://www.hamiltonspectator.com/pdfs/20060527/A16.pdf
(中段左側の写真の向って左側がドミニク大公、右側がルーマニア文化相)

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