これまでの状況とニュー・アルバム発売に向けて
A-haと聞くと、80年代半ばに成功を収めたポップ・アイドル・グループとして、イメージされている方が多いだろう。それは正しいし、そういったイメージは残っていくだろう。カラオケ・ボックスに行けば、今でも"Take On Me"を歌うことができるし、80年代のヒット・ソングを集めたオムニバスCDが出る時、もしa-haが収められるとすれば、それはTOMなのだから。
しかし、もしその後のa-haのアルバムをすべて買われたような方ならば、a-haがそれだけで終わらなかったことはご存知だろう。3作目のStay On These Roadまでは、独自の世界を構築しつつも、ポップ然たるところがあった。しかし、ブランクがあいて発売された4作目のスタジオ・アルバムEast of the Sun, West of the Moonにおいて、ポップ色から脱却しロック的アプローチへと移行。さらに期間を置いて発売されたMemorial Beachは60年代色溢れるムーディーなアルバムだった。
こうした変化は、a-haをヒット・チャートからは遠ざけたものの(事実、MBはアメリカで3万枚しか売れなかったそうである)、より音楽的なバンドとなり得、幅広い楽曲の展開が可能となったといえる。もともと、ポールとマグスは、モートンと組む前に、プログレッシヴ・ロック的なアプローチのバンドをしていたらしく、それは単に売れるのを狙って音楽をしていない、ということも意味し得る(最近のプロッグ・リバイバルはそうも言えないが)。それは、MBの後、各々がそれまでも少々していたソロ活動に邁進した事でもわかる。グループとしてのa-haも大事なのだろうが、各々の音楽的欲求を満たすためには、ソロでないとだめだったのだ。 (このことに関しては、モートンのソロ作品に色濃く現れている。LambやBrodskyといった詩人の作品を彼の解釈で音楽にするようなことはa-haではできないだろう。これには今話題の東ティモールを歌った詩を用いた歌もあり、モートンの立場を強調している。)
この、モートンのソロ活動を筆頭に、Memorial Beach以降、マグスは画家としての活動を中心にTimbersoundというプロジェクトに参加したり、ポールは奥さんであるローレンと若手二人を連れてSavoyというバンドで精力的に活動していた。
しかし、ノルウェイの生んだワールドワイドな元祖ゴールデン・ボーイa-haの復活を望む声は大きく、ポール、モートン、マグスの3人でさまざまな話し合いがもたれ、活動再開の必然性を確認。
単なるスタジオ・バンドではない、ということを証明するかのように、昨年暮の"Nobel Peace Prze Concert 1998"で見事に復活。往年の名曲、"The Sun Always Shines On TV"と新作"Summer Moved On"披露した(NHK BS2で最初に放映されたヴァージョンでは後者はカットされていたが、後に完全版が放送されたようだ。私は残念ながら、確認できていないが。)
後者は傑作バラードで、日本の海外ポップ誌の中の1誌が絶賛していた。かつてのハイトーン・ヴォイスは失せたとはいえ、モートンのムーディな歌は健在で、後半17秒のロングトーンを見せ、アレンジ的にもオーケストラをフィーチャーするなど、すばらしい出来だった。しかし、a-haのマネジメントはシングル向きではないとの結論を出し、a-haは予定の入っていたSavoyのニューアルバムが片付き次第アルバム発売に取り掛かることとなった。
そして、2000年初冬にワーナー・ミュージック・ジャーマニーからシングル/アルバムが発売されることとなった(はじめは1999年9月、とアナウンスされていたが、のびることになった)。なお、恐らく第一弾シングルはSavoyのアルバムMary Is Coming収録曲で、シングルカットもされた"Velvet"のカヴァーだそうである。
うん? だが、なんか、おかしいぞ? という疑問も沸く。そこで、以下の疑問点をHeadlines & Deadlinesのメーリングリストに聞いた結果、以下の回答が同サイトの主催主宰である、Peter W. Losher氏からあったので、若干編集して、転載させていただく。
- Q1. a-haをリリースしていたレコードレーベルはWarner Bros. Records もしくはWEA International (Warner Bros. Recordsのアメリカ以外におけるディストリビューター; WEA自体はWarner/Elektra/Atlantic Corporation の略らしい!? )だが、そのワーナーが1999年までa-haの作品をリリースする権利を持っており、a-ha再開の話の初期には、その契約が切れるまでリリースを見送ろうという話があった。これはどうなったのだろうか?
(注:基本的にこういう契約の話は漏らさないことになっているので、噂の類も含まれる。だが、モートンやポール、マネージメント・スタッフなどが、ファン人とのインタビューで漏らしたりもしているものもある。)
A1. 昨年のノーベル・コンサートの前にプレス・リリースがあり、ワーナー・ミュージックが以前の契約に従い、a-haの作品をリリースすることになった、と発表された。
- Q2. なぜ、母国ノルウェイの法人ではなく、ドイツ法人(Warner Music Germany)と契約したのだろうか?
A2. 単に私の推測でしかないが、まず、ドイツのほうがノルウェイよりもマーケットが大きいこと、そして、ドイツのワーナーのほうが、ノルウェイのよりもインターナショナル・リリースに関して、恐らく適しているだろう、ことが考えられる。もう一度いうが、これは私の推測に過ぎない。
- Q3. 恐らく、Warner Music GermanyはWarner Music International かWEAのグループの一社だろう。だが、モートンとポールは、それぞれのソロにおける(Wild SeedとMary Is Coming)におけるWEAのマネージメントに落胆し、ソロ活動に関しては別レーベル(BMIとEMIノルウェイ)に移ったのではなかったか?彼らのわだかまりは解けたのだろうか?
A3. うん。君を初めとして多くの人は、彼らがワーナーレーベルとサインをした事を驚いているだろう。彼らの事情をかんがみれば当然だ。だが、すべての記事を読み返せば、a-haが幻滅していたのは、元々の契約をしていた、アメリカのWarner Musicだった、というのがわかるだろう。また、新作の件に関して、彼らのノルウェイ人マネージャーErling JohannessenがAftenpostenの記事で、こう述べている。
ドイツのワーナーはいつもa-haに対して良くしてくれている。我々は、彼らとこの合意に達したことを非常に喜んでいるよ。アメリカのワーナーにはぜんぜん満足していなかったからね。
このように、今回のケースでは、ワーナー・ドイツがワーナーUSに代わって、リリースを担当しようとしているのだ。
- Q4. ワールドワイドのリリースに関してはどうなっているのだろうか?
A4. 現在の状況はこうだ。ワーナー・ドイツは、a-haのCDの発売時にワールドワイドで発売できるよう、他の(Warner Music Internationalのグループの)ワーナー・レーベルと交渉/契約している。現在、リリースの予定は2000年春のヨーロッパでのリリースだが、恐らくほかの国でもそうだろう。北米の発売は数ヶ月後だろうが、その分ここでのリリースの準備に時間をかけられるということだ。うまく行けば、来年そうそうにも、最終的なリリースの予定日がわかるだろう。
以上からわかるように、今回のa-haのリリースが、少なくともアーティスト本位である、ということがわかるだろう。根本的に、商業主義の塊である、ワーナーUSと距離をとったのは、我々には歓迎すべきことだ。
気になる日本盤リリースだが、モートンやSavoyのアルバムの時のワーナー・ジャパンのマーケティング不足を目のあたりにすると、結構疑問ではある。
また、わずかに残っている日本のa-haファンなら気になるツアーの事に関しては、何の発表もされていないが、個人的にはかつてのような大規模な世界ツアーは無いだろうと思う。仮に、新作が売れたとしても、Stay On These Roadの時に、そうしたスター的な生活に終われるのを拒否した3人が、それを望むとは思われないからだ。もし、ツアーをするなら、まずヨーロッパ・ツアーだろう。それと、ビデオにもなったとおり、90年代でも人気があった南アメリカ、Savoyが活動拠点の一つにしているニューヨーク・シティ(実際ここで、Savoyはライヴの経験あり)も有力である。日本は現状では厳しいだろう。
Copyright © 1999 dzlfox
ノーベル平和賞コンサートで「復活」したa-haなのだが、日本では、一部音楽誌では小さい記事ながらも賞賛されてはいたがNHKがBSでの放送時には新曲をカットするなど、不遇が続いていた。実際、新作アルバムの話が徐々に固まっていたのにもかかわらず、日本のメディアではほとんど取り上げられていなかった。こうした状況にやきもきしてこの「近況報告」記事を書くことにした。
a-haがしばらくアルバムを出せなかった一つの理由にワーナー・ブラザーズとの問題があると常々指摘されてきたので、これをメインにもってきている。ただし、情報が錯綜していたので、改めて疑問点をメーリングリストに投げかけた。これに主宰のLosher氏が答えてくださったので、転載した。
最後の方のパラグラフで、日本におけるディストリビューション及びツアーに関して厳しいことを言っているが、これは文中にもある通り、モートンのソロやサヴォイのプロモーションに関して失望していた事が関係している。また'Take On Me'のイメージだけが異常に強すぎる日本に果たしてマーケット的なうまみがあるのか疑問だったことによる。しかし、結果的にはご存じのように日本盤も発売され、さらにジャパン・ツアーも敢行した。私は当時日本にいなかったが、(昔のファンが再結集し)そこそこ盛り上がったようである。英国ではCDUKに出演したり、プロモが流れたりしていた。売り上げはさほどではなかったようだが。
2nd July 2005 dzlfox