注: これは学術的考察ではない。
マーシア伯爵レオフリック (Leofric, earl of Mercia)とその夫人ゴダイヴァ(Godiva;ゴディヴァ)(現代風に言えばLady GodivaではなくてLady Merciaだけども、アングロ-サクソン時代なのでそこまで整っていないのでLady Godivaでもいいと思われる)に関する話は公爵の書かれている通りだけども、ここで裏話というかちょっとしたメモ。ただし内容は保証せず
- いつ頃の話か
コヴェントリーに夫妻が来たのが1040年ごろ、裸で馬に乗ったのが1057年ごろ、とRoger of Wendover (d. 1236)がその歴史書Chronicaに記録している。
- 夫妻は敬虔なキリスト教徒だった。
シュロップシャーのシュルーズベリーで統治者として成功した後、ウォリックシャーのコヴェントリーにやってきたが、夫妻は敬虔なキリスト教徒であり、コヴェントリーの市内の(シュルーズベリーと比べて)精神的な貧しさを気にかけて修道院の設立に私財を投じた。
- 何故レオフリックは重税を課したか。
都市の拡大を受けて、コヴェントリーは財政的問題に直面していた。都市機能の設備面の問題もあった。レオフリックは行政面を担当する事になったので、公共事業を起こし、水道施設等の公共施設や社交施設を建設しようとした。しかし金が無かった。そこで税金を課した。
- なぜ、ゴダイヴァ夫人は減税を求めたか。
ゴダイヴァ夫人はよく遠乗りに出かけたが、貧民の精神が貧しいのが気になった。そこで芸術を保護し、振興することで、貧民の心を豊かにする事を思い立った。自身の美しい肖像を描かせ、民衆に配った。しかし、一向に心が豊かになったとは思えない。
そこで考えに至った事が「貧民は起きている間中働いている。だから芸術に費やす時間が無いのだ。働いているのは衣食を何とか手に入れるためだ。これは要するに税金が重すぎるからだ。しかし、夫は公共事業のような無機的で何の精神的なものもないことに金を費やしている。これをやめさせて減税をすれば、貧民も芸術を解する心を持てるようになる」
- 何故夫は何故怒ったか
水道設備の工事をやめて、芸術振興のために減税しろといわれたから。当時絵画を買っているのは、非課税の教会を除けば夫人だけだった。そこで、絵画にも税金を課した。
- 何故、裸で馬に乗る事になったのか。
以来ずーっと口論が続いてきたので、ついに夫が切れた。
「お前がいつも傾倒している古典時代では裸体が自然の完全さを表現するものだったし、エロティックなものでもなかったではないか。そんなに「民衆に芸術を」というなら自分が裸になって、心貧しきコヴェントリーの民の前に出て、自ら芸術というものを教えてやればいいではないか。」
そこで、タンカを切ったついでに真昼間に市場広場を裸で馬に乗って横切ってくれば減税してやるといった。
- それか㍊7de ??夫人は…
夫はある意味ぶちきれたついでに言ったようなものだが、夫人はそれに同意した。そして、それを行う許可を夫に求めた。夫は感心したので、やり遂げれば減税だけでなく自分が課した税金を廃止する事にした。
- ゴダイヴァ夫人はどのように馬に乗ったか。
夫人は宝石類を外し服を脱ぎ、長い髪をたらして馬に乗った、両脇には服を着た侍女が付き従った。
- 本当に脱いだのか。
伝承ではそうなっている。しかし、「宝石を外し」「上着を脱いだ」姿であったという人もいる。当時の上流階級にとってそれだけで十分「裸同然」だったからである。
- 住民はその姿を見たのか。
見た。しかし、女性の裸というよりより高尚な美を目にしたというようなものだったらしい、と昔の歴史家が言っていたらしい。
- 住民が見たなら「覗きやトム (Peeping Tom)」の話が成り立たないのでは?
Peeping Tomの話は17世紀になって伝承に挿入された。
- 結局税金はどうなったのか。
伝承によれば、レオフリックが着任する以前からあった馬に対する税金を除く彼の課した税金は廃止された。イングランド王エドワード一世がこの伝承の真偽を調べさせたとき、台帳を検証したら1057年頃のコヴェントリーでは馬を除いて税金が課税されていなかったことが判明した。これは当時としては極めて異例のことで、伝承の素地となる事実はあったということになる。逆に言えば、レオフリックが重く課税したのもさして極悪な措置ではなかった事になる。