現存する君主国における、君主の継嗣の称号について記します。このサイトでは特有の称号を有している継嗣はその称号で呼ぶことにしています。そこで改めて簡単に考察してみることにしました。
"cr"は宣下(授爵)を必要とする。"aut"は必要な要件を満たすと自動的にその称号を帯びる。
- 英国 (The United Kingdom)
- Prince of Wales (and Earl of Chester)[ウェイルズ公] "cr"
本来はイングランド王位の継嗣。
法定推定相続人 でなければならない。- Duke of Cornwall [コーンウォール公爵] "aut"
本来はイングランド王位の継嗣。君主の子で且つ
法定推定相続人 でなければならない。- Duke of Rothesay (Earl of Carrick, Baron of Renfrew, Lord of the Isles, Prince and Great Steward of Scotland) [ロスシー公爵] "aut"
本来はスコットランド王位の継嗣。君主の子で且つ
法定推定相続人 でなければならない。それぞれの称号の由来は別々。
- オランダ (The Kingdom of the Netherlands)
- Prins/es van Oranje [オラニエ公] "aut"
英語ではPrince of Orange。1815年のKingdom of the Netherlands以来継嗣の称号となる。
オラニエ公の妃の称号について。19世紀には
オラニエ公妃 の称号を宣下されて有している人もいたが、現在は基本的に妃はその称号を帯びない。おそらく、絶対長幼制が採用され、女子でもheir apparentになるために、女性系の称号を女子法定推定相続人のために取っておく必要があるからと思われる。ただし、慣例的に妃をPrincess of Orangeと呼ぶケースも見られるかもしれない。しかし、もちろんこれはオフィシャルな物ではない。
- ベルギー (The Kingdom of Belgium)
- Duc de Brabant [ブラバント公爵] "aut"
1840年12月24日のRoyal Decreeによって国王の長男は自動的にDuc de Brabantとなることになった。同Decreeはレオポルド一世が継嗣のレオポルド王子を封じたもの。このことは1993年(もしくは1994年)に首相の国会答弁によって確認された。
ブラバント公爵の継嗣はかつては
Comte de Hainault だった。これはレオポルド一世がブラバンド公爵レオポルド王子の継嗣レオポルド王子を1859年6月12日のRoyal Decreeで封じたものが最初。このレオポルド王子は父親の即位に従ってブラバント公爵になったが父に先立って薨去。1930年9月10日のRoyal Decreeによってこのエノー伯爵は宣下によらず自動的にブラバント公爵の継嗣に賜ることとなった。
しかし、これらは2001年10月16日のRoyal Decreeによって改正される。おそらくこれは絶対長幼制への変更に即してのことだろう。というのもその当時ブラバント公爵フィリップ王子夫妻にお子が生まれる直前だったからである。
まず、ブラバンド公爵の要件が、「君主の最年長の嫡出男子」から「君主の最年長の嫡出子」に変更される。また、エノー伯爵という称号を定めた上記のDecreeが廃止された。そのかわり、ブラバンド公爵が父王に先立って薨去した場合、その継嗣(かつてならエノー伯爵を帯びていたであろう人物)がブラバント公爵を帯びる。
逆に言うと、ブラバント公爵の継嗣は現在特に特有の称号を帯びないことになる。
スペインのアストゥリアス公およびその他の君主国はPART IIで。