2005年の12月ですが、Yahooなどのニュースが英タイムズの記事として、チャールズ皇太子が即位後ジョージ七世へと改名する決意をした、といったような記事を配信していました。
これに関して、英国系のブログ(例えばいつもお世話になっている『旬のイギリス』さん)やブログブルク公国のような称号系のブログ・サイトを少し眺めていましたところ、色んな意見がありました。
たとえば、チャールズという名前は縁起が悪いからジョージへと変える、といった配信記事にも出ていた理由について述べる物。また、ダイアナ/カミラとの醜聞の印象を和らげる目的では、とするもの。こういったことが大抵述べられていたように思います。
当ブログは称号や・名前を扱うところなので、この問題もまとめておきたいと思います。まず、理由の詮索の前に、英国国王の名について改めてまとめたいと思います(以前どこかで書いてます)が、それよりも先に一つ確認しておくことがあります。
今回タイムズが記事にしたようなことは何も珍しくないのです。ロイヤリストの間ではジョージ七世待望論がずっとありましたし、あるロイヤル・ウォッチャーによると、この「決断した」というきじ自体が何も目新しい物ではなく、ほぼ同様の「関係者の証言」とともに何回もニュースになっているとのことです。
要するに今まで何度もいわばゴシップ風の特ダネとして取り上げられた物をタイムズが載せたわけで、タイムズ・ブランドに日本のメディアも乗っかったという程度の物ではなかったのでしょうか。
それはさておき、まず英国王の国王としての名前(これを統治名といいます)について見ていきましょう。 英国王の統治名には以下のことが言えます。
- 欧州の慣習では基本的に君主の統治名は何でも良い
- 英国の慣習では君主の統治名はforenameすなわち名よりとる(スコットランドで一度例外有り)。
- 英国の王族はハノーヴァー朝以降複数のforenameを有している。
- 英国君主の統治名は、即位後に議会・内閣によらず君主自らが選択し決定する。
さて、われらがチャールズ王子が即位して統治名を決める段になったと仮定しましょう。
チャールズ王子の本名はCharles Philip Arthur Georgeです。したがって、それぞれチャールズ三世、フィリップ二世、アーサー(一世)、ジョージ七世という選択肢があることになります。
これから見てもわかるように、チャールズ王子はそもそもジョージという名を持っているので、厳密に言うと仮に即位前に「今日からジョージ王子と呼んでくれ」といっても改名ではありません。ようは一般に知られている名前を変更するだけということになります。この「一般に知られている名前」をprincipal nameとかprimary nameとか言う事があり、私はこれを主要名と呼んでいます。ただ、まぁ、主要名の変更のことをさして改名というのも厳密に言えば意味が違うといえでも、許容範囲だろうなぁ、とも思っています。
即位以前に主要名を変えた例としてはヴィクトリア女王があります。彼女はPrincess Alexandrina Victoriaで初期はPricness Alexandrinaと呼ばれていましたが、Princess Victoriaへ変更しました。
ドイツなどでは二つの名前をくっつけて用いる場合がありますが(フリードリヒ・ヴィルヘルム等)、あまり英国的ではないので英国国王ではありません。王族の主要名としてはあります。
さて、チャールズ王子が即位以前はチャールズ王子のままで押し通したものの、エリザベス二世女王陛下の崩御を受けて即位なさったとします。今回の報道が言っているのはこの時点で「ジョージ七世」を選ぶということです。
まず、母君のときのエピソードから見ましょう。
父王ジョージ六世が急死なされたときアフリカ訪問中だったエリザベス王女は急遽帰国します。父王の崩御を受けて即位した新女王は時の首相から「どのような名前で御統治なさいますか」との質問を受けました。 そのとき女王は以下のように御答えになったとされています。
Elizabeth. I am Elizabeth.
これによって新女王の統治名はエリザベス二世となったということです。枢密院による即位宣言(Proclamation of Ascension)に統治名を含む正式な称号が書かれます。
今回の報道や予てから言われているように「ジョージ」が有力な理由は何でしょうか?
- ジョージとは祖父ジョージ六世、曾祖父ジョージ五世と同じ名である。
- チャールズよりもジョージのほうがサクソ・コウバーグ・ゴタらしい名前である。
- チャールズはあまり縁起が良くない。
まずこれらが理由といってもいいでしょう。 このうち、一番目と二番目は関係がありますし、二番目と三番目は関係があります。
一番目の理由は一部報道にも載っていたように思いますが、偉大なる曾祖父、祖父の名を継ぐということです。これはいまいち感覚としてわかりにくいかもしれません。いわば験担ぎの一種な訳ですが、ジョージ六世もそもそも五世の安定の時代を目指してジョージを選んだ経緯もあり、よくわかる理由でもあります。ロイヤリストもたいていこの理由でしょう。
君主制が揺らいでいる現在、立憲君主の模範たる二人の偉大なる先祖の理念を継ぐということは十分な理由といえるでしょう。これは後醍醐天皇が、醍醐天皇の治世を理想として、追号の遺詔にも醍醐の後加号を指定したことと同種の行動と考えられるでしょう。
二番目に関しては、ジョージという名の性質もあるでしょう。聖ジョージがイングランドの守護聖人であるにもかかわらず、実はジョージという名前自体はハノーヴァー朝以前はイングランドではポピュラーではありませんでした。聖ジョージが熱狂的に崇敬されたのが主にドイツだったこともあって、元々ドイツ的な名前なのです。ハノーヴァー朝の国王に4人ジョージがいることからもそのドイツっぷりがわかるかもしれません。
もっとも、ジョージ一世の登極より300年弱たっているわけで。ジョージという名自体も英国にとっこんできています。ドイツ系のサクス・コウバーク・ゴタ朝君主の名前としてはそれでもやはりある意味もっともなことですし、先に述べたように五世、六世が出現したことで同朝を象徴した名前となったのです。ここで重要なのは、ハノーヴァー初期はともかく、今やジョージという名は英国でも良く見かけ、数人の国王を輩出した今となってはジョージという名が英国国王の名としても普通になっている、という点です。アーサー(他にも先代ジョージのアルバート等)が避けられるのは英国国王的ではないという理由ですが、すでにジョージはこの縛りを脱しているのです。
最後の縁起が悪いという点。確かにチャールズ一世は処刑された国王ですし、縁起が悪いという点もあるでしょう。少なくともわざわざ積極的に選ぶ必要もないでしょう。しかし、ここでも単に縁起が悪い、というだけでなくそもそもチャールズという名の国王は サクス・コウバーグ・ゴータ的ではない、というものの方が割合が大きいように思われます。
以上駆け足で見てきましたが、これからわかるように、今更わざわざダイアナと結び付けて大々的に騒ぐことではないような気がします。
これは蛇足かもしれませんが、あちこちで「チャールズは未だ即位する気?継承権放棄すれば?」といった内容の書き込みがありました。
改めて言っておきましょう。
英国では慣習法により継承権の放棄が出来ません。
カトリックに改宗したり、カトリックの人と結婚したりすれば継承権は喪失しますが、これとそれとは話が別なので、混同してはいけません。
更に言ってしまいますと:
英国国王は退位できません。
ではエドワード八世はどうなるのか? これは慣習法上の用語の使い方なども絡んできて非常にややこしいことになるのですが、エドワード八世は退位した状態になってはいますが、退位していませんものの、退位しています。あえてややこしい表現を使っていますが、本当にややこしいからです(笑)。
本来、この記事はもっと早く書くべき記事でしたが、多忙と・体調の都合で遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。また、今更ながらトラックバックを遅らせていただきましたブログ各位に改めてお詫び申し上げます。