[称号・名/姓・氏・名]

参院決算委員会での民主党新緑風会の某女性議員の質問。 / 2004-03-28 (日)

まぁ、その内容の良し悪しは別にしておいて、気になったのは「夫婦別姓」という語ずっと使っていたこと。
明治時代以降の法律用語的にいえば、「小泉」や「菅」といったものは「(せい)」ではなくて「()」である。
これは、ちょっとした違いでも大たるもので、私か大まかに理解しているところでは、このややこしい概念は以下のようになる。

明治より前の用語でいえば、それぞれ「(せい)」は「氏名(うじな)」、「()」は「苗字/名字」もしくは「家名」(←後者は公家出自のものについていう)に相当する。
(せい)」すなわちかつての「氏名(うじな)」は同じ祖先を持つ、それにたぐいするものも含めて同族の集団を表す名である。
翻って「()」すなわちかつての「名字」は、大集団の中で独立した家長の元で続いていく家の名である。たとえば、二人兄弟のうち弟が分家した場合、兄弟は同じ苗字を名乗っていても、その苗字すなわち()はそれぞれ別のものである

明治までは、正式なものは「氏名」のほうであり、「(せい)」という語は「氏名」+「(かばね)」を指した。苗字はあくまで私称であって、朝廷に対するような正式な文書では姓を用いて署名した。徳川家康は朝廷に対しては「源朝臣家康」とし、諸外国に対する書状では「源家康」と署名している。また、足利義満が明に朝貢したときの署名はその号を用いて「源道義」である。

しかし、この「(せい)」の概念は、近代的な、もしくは西洋的な「()」の概念と合致せず、税制を中心とする近代法治国家の形成にとって弊害となり終えることであり、明治政府は、従来の概念を幾分保ちつつそれを西洋的に変容させた。
したがって、「(かばね)」の廃止とともに「(せい)」自体を非公式なものにし、「苗字」を「()」として正式なものとした。
民法における「夫婦は別氏とする」とはこのあたりを踏まえている。#今回は触れないが、この辺のことを理解しておかないと、「何故中国人の'surname'は結婚しても変わらないのか」といった疑問や「何故総督府は『創氏』政策を行ったのか」という問題の根本が見えてこない。

というわけで、上述の議員の質問は、質問者が質問している問題を正しく把握していない、ということがを如実に示している事になる。答弁に立った法務大臣は、ごくさりげなくではあるがその答弁の冒頭から「夫婦別氏」という語を使っていた。法務大臣だから法律用語を正しく使うのは当然だけども、聞き様によっては凄い皮肉に聞こえるところが、逆に質問者の情けなさを引きたてているように思う。

(Originally written in 08 Mar 2004; 20:24)

カテゴリーを整理した際にオリジナルのポストから日付がずれてしまいました。(Originally posted in 28th Mar 2004)

ポストの日付修正 (2004:06:03T16:48:00+09:00)

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