[日本地誌/地元(南山城地方)]

相楽 / 2006-05-29 (月)

京都府相楽郡は現在6町1村で構成されています。で、そのうち加茂町・木津町・山城町が合併して木津川市となるというニュースはお聞きになられた方も多いと思います。

まぁ、はっきり言って各町長・町議会議員のごり押しで民意も何も無い合併ですが、私はその3町の選挙民ではないので、これについては特にコメントいたしません。

で、ですね、この3町が仮に合併して「市」となってしまうと「相楽郡」から脱退することになります。残った3町1村はどうなってしまうのでしょうか。

いや、別に、この3町なしでは成り立たない、なんてことはありません。とりあえず精華町は自衛隊がある限り大丈夫です。

問題は、ですね、「相楽郡«そうらくぐん»」という郡名は昔の「相楽郡«さがらのこおり»」に因んでいるわけですが、この相楽というのは古事記に地名起源説話が出てくる「相楽«さがなか»」がもとになっているんです。で、この相楽«さがなか»というのは、現在も相楽神社«さがなかじんじゃ»がある辺りで、旧相楽村«さがなかむら»、現在の木津町大字相楽«さがなか»のことなんです。

で、何が言いたいかというと、郡名の起源となっている地が郡から離れたら寂しい、というだけです。はい。こういうのも平成の大合併の弊害の一つである地名と歴史の断絶、といえるかもしれません。

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中秋の名月とだんごぬすみ / 2005-09-16 (金)

今年の中秋は9月18日です。お月見の日であるこの日には、私の実家のある地区にはある風習があります。それは「だんごぬすみ」と呼ばれます。

夕方頃になりますと、各家庭ではお団子(最近はお菓子で代用)を玄関先に出しておきます。するとその地区の子供たちが勝手にやってきてとっていくのです。もちろん、家のものはわかって出している事なので「ああ、皆きとるなぁ」位に思っています。

うちの町ではこの風習は私が記憶している限り、私の地区と東南側に接する隣の地区でしか行われていません。その地区では「だんごぬすみ」ではなく、「だんごたばり」とよんでいるようです(「たばる」は「貰う」の謙譲語)。北側の地区(もともとうちの地区と一つだったものを昔に二つに割った地区)では確か行われていなかったような記憶があります。ただしこれは私の小学校時代の記憶なので、記憶が誤っているか、最近の人の流動によって変わってきている可能性もあります。

私が小さい頃は、子供なりに厳密なルールがあって、「私の地区のものは隣の地区へ取りに行かない、その逆も然り」とされていました。当時は子供の数が多かったので、盛況でしたが最近は数の減少もあり以前ほど盛んではないようです。しかし、双方の地区とも細々ながら続いています。

さて、この風習を行っている両地区が稲植神社という神社を共通の氏神としている事から、この神社に関係があるのかなと思っていました。しかし、fm osakaで今週初めに「大阪(おそらくその一部といっていたと思う)にはお月見のときに団子やお菓子を玄関先から取ってくるという慣習がある」といっていました。また、詩吟関係のサイトの中で、奈良・生駒の話題を扱っておられるページがあったのですが、そこの「月見どろぼう」というページに同様の風習が紹介されていました。

という広域にわたる分布を稲植神社と絡めて考えた場合:

  • 祇園信仰と関連がある
  • 三宝荒神信仰と関係がある

ということが真っ先に浮かびます。というのも稲植神社の祭神が素盞嗚尊で、素盞嗚尊は本地垂迹説では牛頭天王だからで、また三宝荒神社が併設されていて結構お祭などでも重要な位置を占めているからです。というか確か正式には稲植三宝大荒神社という名称だった気も。

といっても、例えば同じ牛頭天王信仰のある木津町の天王神社では、稲植神社とおなじく「祇園さん」というお祭は開かれているものの、その氏子の地域では「だんごぬすみ」に相当する風習があるとは今のところは聞いておりません。という訳で、祇園信仰は関連するファクターとしてはあるかもしれませんが、それがキートリガーではないようです。

十五夜に団子を備えるのがそもそも収穫に対する感謝などの意味があることを考えると、三宝荒神の説も十分あり得るかもしれません。「だんこだばり」という語から、「供えたものを頂く」という意味合いがあることも推察可能です。

しかしそれならば、三宝荒神信仰にこだわらなくとも、月に供えたものを撤饌としていただく、という意味合いがあるのかもしれません。

以上の推察は憶測程度にしかすぎません。本来はどの辺りにその風習が伝わっているかを調べ上げて、共通点を探り出せれば面白いのですが。

いずれアンケートみたいのをとりたいなぁ…。

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京都府南端の英国カフェ / 2005-08-19 (金)

もう一ヶ月以上前の話ですが・・・。

京都府南端の町のひとつである木津町は平城/平安京建築の為の木材を河川輸送する為の拠点だった事を地名の由来を持つほど古い場所。伝和泉式部の墓や伝藤原百川の墓などもある。一方で、関西学術研究都市関連施設や、山を切り開いて作っている団地も徐々に整備され、そういう意味では新しい面もある。(個人的には山を切り開く手法は古いと思っているが・・・。)

ティースコーネ店内

(携帯で撮ったのでちょっと暗いけど)ティースコーネ店内。2005年7月13日

そういった新しい団地に梅美台(うめみだい)と洲見台(くにみだい)と言う隣接した団地があり、その境あたりに「ティー・スコーネ」という名のイングリッシュ・カフェと称する喫茶店がある。実は新聞折込の求人広告で7月ぐらいにその存在を知ったのだが、さっそく賞味にいってみた。

確かに「英国」を意識した内装で、なかなか素敵でした。もっともカフェなので、ウィークエンドの昼間に行っても軽食程度しか食べるものは無いが、パン付きスープに、スコーンかサンドイッチでもつければ、結構おなか一杯になる。スープはどうやら日替わりのようだ。

思いのほかスコーンがおいしい。生クリームとブルーベリージャムが出てくる。

ステーキ&キドニー・パイとか、コーニッシュ・パスティとか、ヨークシャー・プディングなどがあればより嬉しいのだが、これからに期待しよう。ウィーンエンドの11時までに入るとフルブレックファストを食べる事ができる。1000円強は高い気もするが、1ポンド200円と言うことを考えると、向こうでも5ポンドぐらいするしなぁ。ブラックプディングが付いていれば、喜び勇んで食べるのだが・・・。

と、要望もあるけども、これは結構おいしくいただけるからでもある。ここのマスターは英国滞在経験が無いらしいが、英国への憧れからこういったカフェを開いた、とのこと。

これからのメニュー拡張に更に期待してます。

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京都府立山城郷土資料館 / 2005-07-26 (火)

木津川の東岸を走る国道24号線から、山中を津方面へと抜けていく伊賀街道(国道163号線)に少し入った所にある京都府立山城郷土資料館は規模は小さいながらも中々興味深い。

おおよそ、久御山・宇治以南の京都府から出土した物が展示してあり、三角縁神獣鏡などは模造品だが、土器などは門物を展示してある。南山城地方は上狛・下狛の地名に見られるように、古代から中世にかけて狛氏の影響が強い所だが、展示物を見るとよくわかる。

やはりクライマックスは山城の国一揆というべきものだろうが、私の住んでいる所は最後の拠点があったといわれている所の近くなので、これもまた興味深い。

こういった常設展の他特別展も開催されており、現在は木津川水運に関する「木津川のくらしと風景」展である。これも非常に小さい規模の展示なのだが、宇治茶の海外輸出用に英語で記された木箱などもあっておもしろい。

さて、現在の真の目玉は八幡の正法寺所蔵の「洛中洛外図屏風」の特別展示。六曲一双からなる17世紀後半の小屏風の逸品が、右隻が7月31日まで左隻が8月2日から28日まで特別公開されている。

もうすぐ公開が終わる右隻には祇園会が描かれており、まさに今月は旬の物だった。

入館料も安いので、是非足を運んでください。

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