[日本地誌/京都]

ケーキ好き京都人の危機か? - 京都宝ヶ池プリンスホテル売却が浮上 / 2005-04-01 (金)

西武グループが再編のために採算のとれないプリンスホテルを売却する方針であることが先日報道されました。 京都宝ヶ池プリンスホテルが候補として上がっているのです。

京都における政財界に対する影響に関しては京都経済新聞社の記事が詳しいので参考にしていただきたいのですが、一般庶民としては他に気になることがあります。

それは、ロビー・ラウンジにおけるケーキ・バイキングはどうなるのか、ということ。このケーキ・バイキングというのは、平日午後一時から五時まで、コーヒーまたは紅茶付きで1740円でケーキ食べ放題、というもの。男の私がこんな事を言うのも変だが、一度行きたいと思いつつも全然行けずじまいなまま過ごしてきた所だ。

で……、もし万が一経営が変わることで、テナントなどの経営方針が変わってしまった場合、このロビー・ラウンジのケーキ・バイキングもなくなってしまうかもしれない。いや、目玉だから無くさないかもしれないが…。食べまくる人もいるから元が取れているのかどうか…。NOVA三条の英国人講師(男性)は10数個のケーキを食べたとか言っていた。はっきり言って情勢は流動的だけれども、残しておいて欲しいものだ。

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[日本地誌/京都]

ブリティッシュ・カウンシル、京都センターを6月で閉鎖 / 2005-03-13 (日)

3月8日付の京都新聞によると、ブリティッシュ・カウンシルが京都センターを六月で閉鎖し、西日本の業務を大阪に集約することにしたのだそうです。本国の財政的な問題、専門家から学生へのサービス対象の変化、ネット・サービス重視というのが理由だそう。同時に名古屋も閉鎖(名古屋領事館の一室に資料閲覧等の場所は残すらしい)たしか数年前までは福岡あたりにもあったと思うのですが、今回の改革によって日本では東京と大阪のみになります。

ブリティッシュ・カウンシルといっても普通の人は馴染みがないかと思うのですが、英国の公的な国際交流機関で、エリザベス二世女王陛下を総裁、ウェイルズ公殿下を副総裁に戴いて世界中に展開しています。主に英国の紹介、留学情報の提供、ビジネスの紹介、英語テスト(IELTS, ケンブリッジ英検、オックスフォード英検など)の開催、英語教室の開催などがあります。

英国へ留学するために受けなければならない英語のテストは、TOFLEではなくてIELTS (International English Language Testing System)です。TOFLEとの違いは、マークシートではない、WritingとSpeakingがデフォルトである、使われている英語が英国英語である、ということがあげられます。上記の通りこのテストを日本で行っているのがブリティッシュ・カウンシルです。新聞によるとIELTS自体は京都でも引き続き行うようです。ちなみにわたしがよく受けていた1997-8年は、京都での受験者数が10人いれば多い方でした。

今回の撤退に関して二つのことが頭に浮かびました。

  1. 学生の街、国際都市であるはずの京都の地盤沈下
  2. 本国英国における対留学生政策の変化

最初の問題は、1996年の米国センター撤退からも思い起こされます。同新聞の記事では、京都に対する評価の低下ではないと聞いているという京都市の課長の談話を載せているが、はたして本当にそうなのだろうか…。

1954年に京都センターが出来て以来、ブリティッシュ・カウンシルは北白川にありました。すぐ近くに京都大学がありますし、最近中国系と台湾系で所有権をもめている寮がたしか近くにあります。要するに学生の街で、その使命から言えば「あるべき所」にあったといえます。

しかし、2002年に現在の烏丸通錦小路上ルに移転しました。錦小路は四條の一つほど北ですから、要するに繁華街であるわけです。これから考えると、より市民サービスである英語教育の方にシフトしていったように私には見えていました。

今回の撤退により、英語コースはなくなり、留学情報の提供もなくなります。IELTS自体は残りますが、[英語コース → 留学情報 → IELTS → 留学カウンセリング]といった一連の流れに則った留学関連のサービスはなくなるわけです。

確かに、京都と大阪は近いと言えば近いですが、地理的なもの以上に京都府南部の者にとって大阪は遠いと感じます。ただそれだけならば大阪に集約されてもたいしたことはないでしょうが、やはり京都は大学の、学生の街なのです。この移転によって、京都の学生が英国留学からやや遠 91a のいてしまうのではないかと危惧してしまいます。

そして、「どんなに留学志望学生が多くても、近い所にあるんだから構わないだろう」という程度に見られている京都にも危機感を感じます。

第二の問題は、昨今のVISA問題にも関係します。2003年11月より、六ヶ月以上滞在の留学生はそれまで必要なかった学生VISAを要求されるようになりました。さらに今年に入って留学先教育機関の選別も厳しくなりました。

はっきり言って日本からの留学生というのは、英国の教育産業の目玉だったわけですが、9.11意向の取り締まりの強化と昨今問題となっている不正入国・労働との関連で、規制が強化されたものと思われます。

これによって英国への留学生が激減することを危惧します。現在の英語、そして英国の地位があるのは、政治的な勝利だけにかかわらず、教育の勝利であると思われます。善し悪しにかかわらず、英国的英語教育を世界的規模で行うことで政治を補完し、自国の立場も宣伝してきました。現代それを担っているのがブリティッシュ・カウンシルに他なりません。

今、その政策における道義的な是非は別として、国際的に自国の立場をもっとアピールせねばならない時期を英国は迎えています。そのときに留学生受け入れ規制を強化することは自らの首を絞めかねません。そして、その主要機関であるブリティッシュ・カウンシルへの予算の減額というのは異常事態のように思われるのです。

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[日本地誌/京都]

京都のカフェ / 2005-03-06 (日)

京都といえばカフェである。

実際ブログをさまよっているといろいろ京都のカフェをあつかったものがあるし、それぞれ作者の好みが出ていて面白い。

さて、『京都ぐるめ ういちゃ♪』さんの記事「レトロな浪漫喫茶店 『築地』」という記事に以下のように記されています:

噂によると「京都3大アンティーク喫茶店」というのがあって、それは「ソワレ」「築地」「フランソワ」の3店だそう。

このうち『ソワレ』『フランソア』には私は行った事があったのですが、『築地』には行った事がなかったので、このたび行ってきました。そこで、この三つのカフェの簡単な紹介をしてみたいと思います。今風のトランスクリプション・ルールに従えばフランス語の名前であるFrançoisは「フランソワ」なのですが、店名は「フランソ」になっています。

まずは、西木屋町通四條にある『ソワレ』と『フランソア』から。四条通を挟んで、西木屋町通りを上がった(北に行った)所にあるのが『ソワレ』、下がった(南に行った)所にあるのが『フランソア』です西木屋町通りというのは高瀬川の西側に沿っている通りです。四條大橋と河原町通との間にありますし、すぐにわかるかと思われます。

ソワレ外観

2004年4月6日撮影。ソワレ外観。

まず昭和23年創業の『ソワレ』。実はこの喫茶店«Cafe»、うちの父が若かりしころよく通っていた所だったりします(本人談)。したがって、当時の若い人らが行くスポットだったのでしょう。この店にはいると、照明が青い事に気がつくと思います。最初は「えっ」と思うかもしれませんが、徐々に非常に落ち着いた雰囲気を醸し出している事に気づくと思います。

西木屋町を下った所の『フランソア』は壁に掛かった絵画がウリの一つ思います。シャガールなどの絵がバロック様式の内装に意外にあっており、いい雰囲気を醸しだしています。ウェイトレスのお姉さんの制服が非常にレトロな感じなのが店にあっていて良いと思います(ちょっと、そこの人、メイドさんみたいな服ではないですよ)。

フランソア外観

2005年3月5日撮影。フランソア外観。

少し前の京都新聞に、『フランソア』は京都の革新性の発信地となっていたといったような事が書いてありました。要するに当晍 1000 ?のヴェンチャーな人らがフランソアでサロンを形成していたという事だったように思います。此処に限らず歴史あるカフェでは多かれ少なかれ当時の知識人によってサロン的なものが形成されていたのでしょうけども、特にそれで名を知られていたのでしょう。

最後に『築地』です。『京都ぐるめ ういちゃ♪』の記事にもある通り、「河原町四條上ル一筋目東入ル」にあります。といっても京都の人以外には何の事かわからない人もいるでしょうから説明いたします。河原町通と四條通の交わる交差点(河原町四條)を北に向かい(上ル)、最初の筋を曲がって東へ向かう(一筋目東入ル)とそこにある、という意味です。

築地外観

2005年3月5日撮影。築地外観。

さて、中にはいると・・・・‥噂に違わぬアンティークな作りです(室内の写真はういちゃさんのところでどうぞ)。コーヒーを飲みながら思ったのですが、この内装はひょっとしてチューダー様式でしょうか。私は言うほど詳しくないのでわかりませんが、壁と梁の具合がそんな感じが…。私はどちらかというと、英国の歴史あるパブを思い出しました。もっとも、流れているクラシック音楽が、雰囲気をパブよりも高級にしているのですが。

あまりにも簡単ですが、紹介させていただきました。私の父は「昔、ジャズがはやっていたので多くの喫茶店はジャズを流していたが、ソワレだけはクラシックを流していた。だからよく行った」といっていました。しかし、今ソワレではBGMは流れていません。他の二つはクラシックを流しています。googleで調べてみると「昔からBGMなし」という説明がちらほらあるので、父の勘違いか、途中でポリシーが変わったか、どちらかでしょう。

一つ残念なのはその環境です。もともと木屋町の周りは鴨川の畔という事もあって歴史的にも歓楽街でして、非常に風俗店が多いのです。10年ほどまえの小学校統廃合の結果、近くの小学校が廃校になり、風営法の規制の網から外れたことから、木屋町近辺はますますひどくなった、という話を聞きます。実際、英国から四年ぶりに帰国したときに、記憶にあるよりもひどかったのでびっくりしました。『築地』のある筋はまだましです。実際築地がある所は周りは洋食屋だったリバー^だったりします。しかし、数歩奥へ踏み入れると呼び込みのお兄さんの営業スマイルが目に入ってきます。まぁ、ある意味で仕方ないのかもしれませんが……。

最近の若いひと向けの喫茶店には余り行かないので、はっきりしたことはいえませんが、そういった所よりもメニューはシンプルな方ではないでしょうか。もっともやはりそれなりにヴァラエティに富んだメニューではありますが。フランソアにはギネス・スタウト(アイルランドの黒ビール)もあったりします。しかし私はいつもシンプルにケーキ・セットを堪能してます。こてこてしていなくて意外にいけるのです。ただ、ぼさーっとした男がケーキセットを頼んで食べているのもいろんな意味で笑けるなぁ、先日築地で思㍊2e ??ました……。

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[日本地誌/京都]

松原橋 - 旧五條 / 2005-03-04 (金)

現大河ドラマの『義経』おかげでゆかりのある京都の地がクロース・アップされているようです。そのうちの一つが義経もの最大の見せ場である弁慶との邂逅のシーンである五條大橋でしょう。京阪五条駅を出た所には銅像もたっていたようにも思います。

松原橋

2005年2月26日撮影

松原橋。鴨川に西岸から祇園・東山の方を眺める。

しかし、これは今更言うまでもない事ですが、今の五條大橋は当時五條大橋が架かっていた場所にはないのです。では当時の五條大橋はどこなのかというと今の松原橋が架かっている所に当たります。

これは豊臣秀吉の京大改造における方広寺大仏殿の為に、五條大路に架かっていた大橋を六條坊門小路にかけた結果、五條大路の称が移ってしまった事によります。後に旧五條通りは松原通と呼ばれる事になりました。

というわけで、もし義経や弁慶のファンならば松原橋にも訪れた方がよいと思われます。松原橋は五條大橋と四條大橋の間に架かっています。この二つの大橋の間には二つ橋があるのですが、四條側が団栗橋、五條側が松原橋となります。

ちなみに、松原橋から川端通りに沿って上がっていくと宮川町のお茶屋さん何軒がありますので運が良ければそこへ向かう芸・舞妓さんを見る事が出来ます。ってストーキングしてはいけませんよ。

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六條魚棚 / 2005-03-04 (金)

六條通

2005年2月5日撮影

JR京都駅の烏丸中央口から烏丸通りを北上するとします。すると先ず東本願寺が左手に見え、その次には殺伐とした瘴気を漂わせている予備校・代々木ゼミナールがあります。その近辺にたむろする予備校生を横目に見つつ少し北に行くと六條通があります。

写真からもわかるように六條通は非常に狭い為にはっきり言って気づかずに七條から五條へ行ってしまわれる方も多いと思われます。

六條通室町西入る西魚屋町

2005年2月5日撮影

さて、六條通には私の祖母の実家がかつてあったらしいのですが、このあたり、即ち烏丸通から新町通にかけての六條通はかつては魚棚通«うおのたなどおり»と呼ばれていたそうです。その由来は、この近辺に近世から数十年前にかけて魚屋が多く一種の魚市場を形成していた事によるようです。もっとも最近見に行ったときにはもはや魚屋を見る事が出来ず、仕出し料理店ぐらいしかありませんでした。

しかし、この標識にあるように町名にはかすかにその面影が残っています。

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京都御苑散策 / 2005-02-06 (日)

所用で河原町丸太町あたりまで行ったのですが、待ち時間が一時間ほどあったので京都御苑を散策してきました。京都御苑とは京都御所(治承四年内裏;元弘元年以降明治まで皇居)の周りにある広大な国民公園で、大宮御所(皇太后の御所)、仙洞御所(上皇の御所)をも含んでいます。もともと公家屋敷が建ち並んでいたのですが、東京遷都後に荒廃していたのを明治天皇が還幸時に見て嘆き、国民に開放した公園として整備するように命じたとされます。

はっきり言って寒い中で人影もまばらでしたが、犬を散歩させている人も結構おり、写真を撮っている人も多少いました。それにしても広いですし、静かです。京都はなんだかんだいって結構ごみごみしているものですが、木陰のベンチに座るとほっとします。道がスコーンと突き抜けているのが何気に感慨深い…。

寺町御門

2005年2月5日

寺町御門。右の塀が仙洞御所

御所を見遣る

2005年2月5日

先程の場所から一筋西へ行き、少し北に歩いて御所を見遣る。

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ハリハリ鍋 / 2005-02-06 (日)

ちょっと古い話で1月30日の日曜日の事ですが、ハリハリ鍋を食べる機会を得ました。といっても、友人宅で飲んでいた父を迎えに行ったときに、そのおこぼれにあずかったのですが。

ご存じの方もおられると思いますが、ハリハリ鍋というのは:

水菜の産地、関西ならではの料理、水菜と鯨肉を味わう鍋は、少しクセのある食材同士の組み合わせが絶妙・・・。

とあるように、水菜と鯨の肉を使ったすき焼き風の鍋物です。鯨の肉なんてものは、最近ではなかなかお目にかかれるものではありませんが、私も記憶にあるなかでは初めてのように思います。

小学校低学年時の給食に出た、という話はあるんですが、記憶に載っていないし、そもそも出たのはもう少し上の世代まで、という話もあるので、定かな事はわかりません。

はっきり言って鯨を希少種にしたのは主にアメリカですし、グルメ化された責任は欧米諸国にあるのですが、日本では本来庶民的な肉でした。

ハリハリ鍋で食べた鯨肉はそこそこ食べ応えのある脂身の少なめな肉でした。日本では特に江戸中期頃から、油のあるとろけるような魚が好まれ、明治以降の肉に関しても同じ傾向によってランク付けされているので、そういった所も鯨の庶民感に一役買っていたように思います。

そういえば、水菜ですが、私の家は以前から良く知り合いにもらっていましたので、あまりにも身近な野菜でした。ですから、京野菜の事を新聞が雑誌で読んだときや、静岡に行って中々スーパーになかったりしたときは驚きました。水炊きには必需品だと思ってましたので…。

上記の引用は京都新聞夕刊のコラムですが、本当にタイミングがよすぎるぐらいに記事になっていました。

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英国ドールハウス展 / 2004-10-13 (水)

先日所用があって近くまで行ったので、ついでに大丸京都店で開催されていた『英国ドールハウス展』を見に行きました。

ドールハウス(英: Doll's House; 米: Doll House)というのは、本来上流家庭の子女の教育用に造られた、ミニチュアの家、といった様な物で、家の中の内装・インテリア・登場人物まで凝りに凝った作りになっています。それ故に、子供の玩具に収まりきらず、Doll's Houseの収集及び制作はいわば大人の趣味となっているようです。

で、今回の展示会は、英国コーンウォール在住のドーン・ロックヤー夫人が収集・制作したコレクションが展示されていました。もともとこれらは夫妻の家に展示され、希望者に公開されていたわけですが、高齢になられたためにその道の博物館に売却されました。そして、今回その一部が来日したというわけです。その一部でも日本で公開されるのは今回の一連のツアーが初めてだそうです。確認していませんが、他の場所でも展示会をやる/やった様なことが、書かれていました。

さて、今回の展示会の解説は日本のDoll's Houseコレクター・制作者の男性が書いておられたようです。そのなかで、気になったのが、ジョージ五世の時代にメアリー王妃の要望で、豪勢な専用のDoll's Houseが造られた、という感じの解説でのこと。まず、メアリー王妃を「クインメアリー」と表記しておられたのは、まぁ、構わないでしょう。なぜ、'Queen'を訳さないのかなぁ、というのはありますが。まぁ、別に良いです。しかし、その後の文中で、明らかに件の人物を指して「女王」と書いていたこと。これはいかんでしょう。これなら先の「クイン」が王妃を表していることがわかっていないんじゃないか、という疑惑がわき起こってしまうではありませんか。

といったのは、些細なことですが、個人的には、チューダー、ジョージ、ヴィクトリアの各様式を再現した「邸宅」が面白かったです。外見もさることながら、家具や登場人物などが(私の乏しい知識でわかる範囲では)忠実に再現されている様に思いました。

本当は開催期間中に書くべきだったのですが、こっちがどたばたしている間に終わってしまいました。申し訳ありません。

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