[日本地誌/うちの庭]

庭の景象 2 / 2004-04-28 (水)

いきなり月曜を通り越して火曜日の深夜(正確には水曜日)になってしまいましたが、庭の写真です。その代わり、と言いますか、今回は四枚選びました。今回は縦長の写真ばかりですね。うーん。

枯山水の緑の外宇宙?
緑の宇宙?

以前岡野版の『陰陽師』か何かに雑然とはしているはどこか趣がある庭と言うような表現があったような気がしますが、それを言い訳にして草ぼーぼーな我が家の庭から、「ぼーぼーの中に見る光」のようなものを探してみたいと思います。

最初の写真は、枯山水のすぐ外側の草ぼーぼーです。枯山水に限らず日本の庭は借景という概念を用いて構築されています。一般的に、特に京都の自社の庭はその裏の山を借景していると言われます。より細かく見れば、枯山水のある庭の場合、枯山水という小さいコスモスは庭全体を借景とし、さらに庭という大きいコスモスはその裏の光景を借景とします。そして、枯山水自体も、庭と通り越して背景を借景するという多重構造の宇宙観が示されます。

うちの庭はそんなに整然と構築された者ではありませんが、この外側の草ぼーぼーは、それから考えるにあるコスモスの外宇宙といえるかも知れません。その中の草の無秩序と石の硬質性、さらに言えば、その中でひときわ輝く«タンポポ»が何となく示唆的に思えてきます。

緑の中に映える色
緑の中に映える色

これは枯山水とは少し離れています。話は変わりますが、ウェブサイトを構築しているときに私が一番気を遣うのが色です。私にはセンスがありませんから、どの色がよいのか、どの色が映えるのか、いまいちわかりません。

しかし、こういった草花は自らを如何に目立たせるか、目立たせないかを自ずから知っている様に思えます。こういうのがうまくウェブに生かせればいいのですが。

旧の意地
旧きは新しきに負けず

先日行われたオリンピックの選考会を兼ねた水泳の日本選手権をスポーツ・ニュースで見ていました。そこでもやはりヴェテランと若手の鬩ぎ合いがありました。そこでこの写真を撮ってみました。 大したものではありませんが、自らの時期が過ぎ去ろうとしている豆の花が懸命に耐えているところに焦点を合わせました。

蒲公英新旧共演
蒲公英新旧共演

これは最初の写真の場所の近くです。新旧という観点では上のものとは変わりません。しかし、先の豆の新旧が同一の株での出来事だったのに対し、この蒲公英は別々の株な訳ですから、豆のような必死な感じはしません。競演と言うよりもむしろ共演という感じでしょう。もっともこの写真では旧であるはずの冠毛がついている方が強制のように感じられます。もっとも白い方が次代の種子を有しているわけで、一代勝負の水泳とは異なり、旧が実は新なのかも知れません。

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