[欧州地誌]

ユーゴスラヴィア太子をセルビア首相に? - 太子は拒否 / 2006-07-18 (火)

2006年7月12日付のセルビアの新聞Kurirに、「セルビアの首相にアレクサンダル太子を!」という意見があることが載ったようです。亡命政府が言っているのかな? その理由としては、急進的な勢力の拡大を防ぐ為に、民主主義用語に太子が積極的な役割を果たすべきだ、というのが要旨です。

これに対し、ユーゴスラヴィア太子府は同日王室皇室ウェブサイトにてプレスリリースを出し、太子自ら次のような文面で首相の職に就く可能性を否定しました。

立憲議会君主制の原則とは政治の上に位置し、一体性、継続性および安定性を提供するものである。君主は君臨し、政府は統治する。君主は政党の一員ではなく、どの政党の贔屓をしない。

・・・・・・・・・・・・・・・

我々がセルビアに必要なのは、これ以上の論争を避け、民主的に選ばれた政府に国を統治するという職務を続ける事ができるようにする中立の国家元首である。これは立憲議会君主制によって達成でき得る。

・・・・・・・・・・・・・・・

我々がセルビアで必要なのは、立憲議会君主制を通してもたらされる尊敬に足りよく証明されている新たなイメージである。アレクサンダル太子は皆をその政治的見解、宗教民族に関係なく束ねる用意ができている。

このようにアレクサンダル太子殿下はあくまで立憲君主制による王政復古を目指すものであり、首相として政治参加はしないことを明言しました。これは自らは君主と正当な権利をあくまで有しているので、政治参加することによって自らの立憲君主としての正当性の一貫性を壊すつもりは無い、ということでしょう。この辺は、いみじくも柳様がコメント欄でご指摘くださったように「格」を落としてでも実利を得ようというブルガリアのシメオン二世へ以下のアプローチと対照的ではあります。

さて、セルビアに引き続いて旧ユーゴスラビア王国の一員だったスロヴェニアからの話です。

7月17日が太子の誕生日なのですが、7月14日付の太子府のプレスリリースによると、スロヴェニアの大統領ヤネス・ドルノウシェク博士より太子妃殿下共々17日にスロヴェニアを首都リュブリャナ訪問するよう招待を受けたとのことです。

セルビアとスロヴェニアの友好関係強化のためにスロヴェニアを訪問したがっていた大使はもちろん承諾され、17日にはスロヴェニアにて61歳の誕生日を祝われたようです。

基本的にユーゴスラビア王室は「セルビア」であり、セルビア主義から離れて独立したスロヴェニアにとって見れば、セルビア色が強すぎるような存在というイメージがありますが、皆をその政治的見解、宗教民族に関係なく束ねる用意ができている太子にとっては今回の招待は面目躍如といったところでしょう。

これからの王政復古の機運盛り上がりに期待したいところです。まぁ、したとしてもセルビア単独でしょうが

1: PPPP (2006/07/25 03:28)
このアレクサンダル王太子の考え方は王制の復活を目指す旧王族としてはまあ当然といえば当然でしょうね。むろん元国王という立場を蹴って、共和国となった祖国の首相職に就いたシメオン二世の行動も dzlfox 氏の仰るとおり現実を見据えた実利的な行動と考えれば他国の旧王族よりははるかに活動的であるといえるでしょう。
一方で王族である自分達とは相容れない存在である共和制下の大統領や或いは国政に関わる首相職などに就けば事実上、王族としての立場を放棄してしまうことになるわけですから王太子の考えもまた道理でしょうね。この点は大統領への立候補を促されながら同様にそれを蹴ったルーマニアのミハイ一世にも通じるものがあるでしょう。
2: PPPP (2006/07/25 03:29)
アレクサンダル王太子は特に積極的な活動派として知られており、セルビアもモンテネグロと分離して大きな転換期を迎えてますから王政復古の機運を盛り上げるなら今が好機でしょう。今後の展開を見守りたいところです。
3: dzlfox (2006/08/23 09:36)
PPPPさま
別記事のコメントと合わせまして、レスさせていただきます。

確かに仰るように、シメオン二世陛下とアレクサンダル太子殿下との立場は対照的であり、興味深いものはあります。
セルビアで堂々とCrown Princeを名乗れる側と、ブルガリアで庶民的な名前しか名乗れない側との政治的立場もあるかもしれません。
前者では立憲君主的気風を保っていても大丈夫でしょうが、後者でそれをやっても、まさに、ロイヤリスト以外は「はぁ?」になるのかもしれません。

#英国の例しか出せませんが、英国滞在の経験から言えば、ロイヤリスト以外は王室に関しては結構冷淡です(苦笑)
[ このエントリへはコメント出来ません ]