bikkinさんの『英国蛙の記』と言うブログがあって、最近よく読ませていただいている。そこの「2005年6月英国旅行(12)」と言う記事で、デヴォンやコーンウォールの郵便ポストをじっくり写真にとってこられて、じっくり観察してはるのだが、英国には規格というものがないのか・・・!
という・・・・・・・・・英国在住経験者ならおもわず共感してしまうような素晴らしい観察眼・結論です。
<GR>とありますから、当然こちらは<ジョージ5世(1910-1936)>時代のものと 推定されます。
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・・・これも<GR>です。ジョージ、コーンウォールで大流行り? というか、エリザベス2世になってから新しいポストが立ってないのか?!(田舎だから・・・) 見るポスト見るポスト、ジョージ5世。ジョージ6世もめったに見ないけど。
ジョージ五世はDuke of Cornwallだったけど、ジョージ六世とエリザベス二世はDuke/Duchess of Cornwallではなかったから地元でイマイチ不人気だから ・・・・・・・・・ とかいう理由だったらもの凄く面白いのだけども、決してそれはないだろうなぁ。まぁ、田舎だから、お金がない、面倒臭い、今となっては貴重なのでそのままにしている、実は誰も気付いていない、といったところが理由なんでしょうけど。
というわで、現コーンウォール公爵のチャールズ王子が即位後に新しいポストが立つのかどうかがコーンウォール・ウォッチャーの皆さんには重要になるでしょう…。
さて、上記のbikkin さんの記事を読んで思わずインスパイアされて、昔に書こうと思っていたことを思い出したので、英国の近代郵便制度への改革の話を書いておきます。有名なので、今更、ですが。
英国における郵便制度は古く、ヘンリー八世(Henry Everywhereと勝手に私が呼んでいるだけあって(???) どこにでも出てくる人)がMaster of the Posts"という役職を1516年につくったのが'Royal Mail'の始まりだといわれている。このRoyal Mailが一般的に使えるようになったのがチャールズ一世の御世で1635年の事。その後コモンウェルス時代に定率料金制が導入され、王政復古のチャールズ二世時代に郵政省が正式に設立された。それ以降郵便事業がどんどん動いていくことに成る。しかし、問題があった。料金は受取人払いだったのである。それを改革したのが
ローランド・ヒルは1837年に郵政改革を説くパンフレットを出版し、シティのビジネスマンの署名を集め、マスコミを最大限に活用し、ロビー活動を盛んにし、その結果1839年9月16日ウェストミンスターは郵政改革の法案を成立させた。その後、ローランドは郵政に関するスーパーバイザーの地位を得たが、これはあくまで名誉職だったらしい。とはいえ、Penny Blackと呼ばれる1ペニー切手を貼れば全国へ郵便を送ることができる、と言う
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制度が始まったのだった。その後いったん郵政を離れたが、のちに
この功績もあって(郵政以前に関わった南オーストラリア植民地化にも功があったのだが)、1860年にヴィクトリア女王によってKnight Commander of the Bathに叙された。
こんな彼には、郵政のことを考えるきっかけとなったといわれる次のような有名な逸話がある。非常に有名な話なので、果たして本当のことなのかはともかくとして記しておこう。
あるときローランド・ヒルが村を歩いていると、郵便の配達人がある女性にロンドンからの郵便を届けていた。貧しそうなその女性は受け取りを拒否しようとしていて、配達人とやり取りをしているところだった。代金が払えず受け取れないのだ、そう考えて哀れに思ったローランドが立て替えて払ってやった。
しかし、女性は困惑したふうである。ローランドが問い詰めると次のように述べた。
「自分にはロンドンに婚約者がいるが、貧乏なので郵便料金が払えない。そこで、婚約者が手紙を送る際にあらかじめ決めておいたマークを封筒書いておくことにした。それで、私は郵便を受け取らなくても、彼が無事な事や私を愛してくれているといったメッセージを受け取ることができる」
ローランドはこのことを受けて郵便に関する問題を真剣に考えるようになったそうである。もっとも、実際には既存の郵便システムのままこれ以上の人口増大が進むと、色々財政的な負担が大きくなる、という様なことも根底にはあったらしい。しかし、この出来事がきっかけになったといっても不思議ではないだろう・・・・・。
でもいまのRoyal Mail/Post Office/Parcelforceの迷走振りを見ると嘆くだろうなぁ。日本の郵政はどちらへ転ぶでしょうか・・・。