[家伝史料/口承伝承・先祖]

信州旅行の簡単な報告 / 2005-09-21 (水)

今回の信州旅行の第一名目的はお墓参りでした。

我が家の母方の家系はそもそも信州の出でした。外祖父が最終的に京都府南部に落ち着いたのですが、こちらへも分骨をしたものの以前として一族のお墓は信州の故地にあります。母方の祖母が昨年夏になくなり一周忌も済みました。そこで、改めてお墓参りをしようということになり、母と私と甥が行くことになりました。(すごい取り合わせ)

この旅にはもうひとつの目的がありました。

母方の家系は結構、まぁ、昔は豪族であったろう当地では良い所の新宅(分家)で、これまた良い所の家(神職をつとめていた)と嫁をやり取りしたり婿養子をやりとりしたり名跡を継がせたり…まぁ、昔ながらの家なわけです(最近は慣習も薄れてきていますが)。実際私の外祖父も後者の家に生まれながらも五ヶ月の胎児の時に、現在の母方の家に養子に行くことが決まっていたぐらいです。というわけで、古いだけにいろいろ伝承が断片的に伝わっていたり、古文書が残っていたりするわけですが、そういったものを含めてご先祖を調査しようとするものでした。

まぁ、私は外孫なのではっきり言ってある意味アウトサイダーなのですが、祖父母が直に、または母を通じて、いろいろ話してくれていたので興味を持っていたのです。残念ながら直系の方々はこういったことに全く興味が無いので、外孫ながらも出しゃばって調べてみることにしました。幸いなことに、本家の御当主も、外祖父の実家の方も非常に喜んでくださりいろいろ教えてくださいました。

外祖父の叔父に当たる人の軍刀をみることができました。家に伝わる銘入りの玉鋼の古刀を軍刀に直したもので、まだまだ錆びずに健在でした。さすがにずしりと重く感慨深いものがありました。(ちなみにちゃんと登録されています。)

外祖父の家の苗字を持つ一族のその近辺一帯の大本の出所である集落を訪ね、大本の大先祖の墓をも拝めました。ありがちとは言いながら平氏の落人伝承があり、祠で囲まれたその墓には弘治二年(1556年)の没年とともに、院殿大居士の戒名、苗字に受領名及び平姓を冠した俗名が刻まれていました。

そのほかにもいろいろ資料をデジカメで写してきたのですが、上記のような外孫という立場から、果たしてどこまで資料化して公開しても良いのか……というわけで、とりあえずは以上をもって報告としておきます。

1: 西京子 (2005/09/21 23:54)
dzlfoxさま。

信州旅行、お疲れさまでした。
dzlfoxさまには、神職さんの血も流れてらっしゃるんですね。
何だか奇遇?ですが、実は内の母方も、平家落人伝承があり、同じく平朝臣です。
後継者がいないので、私が祭祀を継承することになる予定です。
それにしても、古文書などを含めてご先祖さまの調査が出来るとは羨ましいです。
2: dzlfox (2005/09/26 14:35)
> 西京子さま 。ははは、そうなのです。色んな血が狭い範囲でごった煮状態なので、かえって子孫には悪作用となっているかもしれません。
父方のほうは檀家寺が火事で燃えたこともあってちょっと遡るのが限定されてしまうので、色々逸話のある母方へ向っています。
史料価値があるものは色々公開できればいいのですが。信玄の感状とか、公文所を通じて神祇伯へ出した書類とか。第二次大戦時の曹長の手記とか。うーん、交渉して見るか・・・。
3: dzlfox (2005/09/26 23:28)
上の曹長の手記というのは第二次大戦ではなくて日露戦争だった。これは何とかなりそうな気が・・・。
4: 西京子 (2005/09/29 18:30)
dzlfoxさま。
ええっ、武田信玄の感状なんかもあるんですか!
高そう・・・じゃなくて、では、戦国期信濃史にも、色々活動が見れそうですね。
神祇伯に提出した、という方は何時くらいのものでしょうか?
どういう伝来なのかも気になりますね。
日露の曹長さんの手記も絶対に面白そうです。
やはり、これらはデジカメ等で、撮影されたのでしょうか?

ううっ、何だか聞いてばかりで、すみません。
5: dzlfox (2005/09/30 23:25)
西京子さま。信玄の感情に関しては外祖父の家に代々伝わるもので本家が所蔵しています。一応分家筋は写真に撮ったものを渡されています。数年前にスキャンしたので、今もPCの中にあるのですが、公開できるかどうかはわかりません。
もらったひとは直系の先祖にあたる人なのでしょう。宛名に残っている名前は結構立派なものです。弘治三年のもので、仁科隊に属してどーたらこーたら、と書いてあります。確か昔鑑定してもらったはずです。

神祇伯へのものは神社の勧遷願いのもので、安政年間のものです。明治維新少し前ですね。
6: dzlfox (2005/09/30 23:29)
つづき・・・曹長の手記は外祖父の叔父にあたる人のもので、この人が上記の軍刀の持ち主です。相続人が祖父だったので、この手記は祖父の住んでいた隣町の家にあります。今は伯父・叔母が住んでいますが、これを機会に貸してもらえるかどうか交渉している所です。可能なら、スキャンして保存した後、現代口語文にでも書き下してアップロードしたいと思っています。
ただ、私が外孫なので、なかなかその辺が難しい・・・。
7: dzlfox (2005/10/03 16:25)
先日の土曜日に母方の祖父の家に行きました。母が事前の電話で了解をとってくれたので、おじさんは快く貸してくださいました。
手記さえ貸してもらえれば、と思っていたのですが、仏壇の下に保存してあったその曹長の人の資料を全部貸してくださいました。
また、本家が持っていると思っていた信玄の感状がその家にあったのですが、それも何と貸してもらえました。
今、色々整理しつつ目録をつけています。
とりあえずは、曹長(当時は軍曹だけども)の人の日露戦争手記を何とかして見たいと思っています。兵站というか食料関係の役についていた人なので、色々興味深い記述があります。
正確には調査する許可だけで公開の許可を取ってはいないのですが、史料価値もあるでしょうし、そのほうがその人の慰霊の為でもあるでしょうから、何とかしたいと思っています。

とりあえず、いまはこれにて。
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